特集「お寿司のルーツ」

お寿司といえば、イメージするのは、カウンターの高級なにぎりずしでしょうか、専門店やコンビニなどで買える手軽なすしでしょうか。その幅の広さを、今の時代の私たちは自由に使い分けられる豊かさを享受しているわけですが、そもそもの成り立ちからみると、おすしとは、たいそう高価なもの、特別な時や所でしか味わえない贅沢なご馳走でした。はじめは朝廷や貴族たちだけのものが、時代とともに庶民にまで広がり、それとともに、多様な形や食べ方がうまれていった歴史があるのです。

現代の暮らしのなかでは、もはや民俗学などでいうハレの日はないにひとしいものですが、おすしはご馳走、晴れがましさのある料理という感覚は、ほんの20年から30年ほど前までは、確実に残っていたように思われます。地域中でつくる祭りの日の郷土色豊かなすしや、遠足の日に持たせてくれた母の巻ずし、人が集まる日の手作りチラシずしなどは、そうした意識のあらわれだと思えます。 それは素材の贅沢さによってではなく、私たちの意識のどこかに刻まれたおすしのもつ非日常感やそれを手間ひまかけて手作りすることの豊かさによって、生まれるのかもしれません。

ロハスという言葉に象徴されるように健康的な生活をめざす潮流のなかで、ヘルシーで、フレッシュで、おいしいおすしは、いまや世界中の人々にとっても、特別なごちそう。

まちがいなく日本が誇る最高の食品といえますが、果たしていつ頃から、どういう経緯で、この日本でつくられはじめたのでしょう。すしは日本人が育んだオリジナルだとはいえますが、残念ながら、そのルーツは、東南アジアにありました。

新しいすしの可能性を開くか 郷土色のあるすし

ここで取り上げている紀伊、大和の各地では、いま見てきたようなすしの先端の歴史とはつかず離れずの関係。上方文化の影響のもと、より各地域の風土や生活環境に根ざした形で、味わいを深め、洗練させていったものです。

戦後の高度成長期がはじまって、冷蔵設備がととのってからも、すしは特別な日のためにつくるものとして、その味わいを愛し、家庭で昔から伝わる製法をとってきたのです。

ひるがえっていうと、どんな山奥でも新鮮なネタのすしが食べられる現代では、地域性も薄くなり、鮮度を競うものでしかなくなった<にぎりずし>にくらべ、まことに個性的なすしとして存在しているといえます。

すしは、いまや日本料理の代表選手。ヨーロッパやアメリカ、中国などでも、ヘルシーでデリシャスな食べ物として知名度が高くなり、もはやSUSHIといえば世界中に通用する時代。

アメリカで生まれたカリフォルニア巻きなどの例を見ると、まだまだ発展途上。手のかけようから行くとスローフード、食べ方からいうとファストフードともいえる多様な顔を持ったすし。生活環境の変化にあわせて、新しい食べ方がまだまだ広がる可能性をもった料理です。

郷土色ゆたかな食べ物としていまに残る紀伊・大和のすしに、意外とそのヒントが隠されているかもしれません。

参考資料

「すしの歴史を訪ねる」日比野光敏著 岩波新書

「すしの本」藤田統著 岩波現代文庫

「大和の食文化 : 日本の食のルーツをたずねて」冨岡典子著 奈良新聞社